2017年07月03日

ストリンガーになった動機 その2

テニスの仕事がしたかった若き日の澁谷。

特に学業が優秀だったわけでもなく、
身体能力が秀でているわけでもなく
容姿がかっこいいわけでもなく(苦笑)。

それほど取り柄がない普通の人なので
少しでも伸びしろがある分野はないかなと。
ライバルが少ない業種が狙いめかなぁ。

そうだストリンガーなんてどうだろう。

毎日のようにプレーして丈夫なストリングが
1週間で切れていたから、自分で張ることを
おぼえ、いろんな糸をいろんな張り方で
張ってみて「おおっ結構違いがあるな」と
興味がわいて、細かい作業好きだったので
楽しくなっていたころでした。

好きな仕事なら長く続けられそう。
なによりセッティングをあれやこれやと
夢中で考えて、汚れや傷みをリペアしたり
イメージ通り仕上がった時の満足感は
自分の内側に向き合う性格に合っていました。

本当はプレーヤーになりたかった。
→選手は寿命が短いぞ。生涯の仕事には
どうだろう?

できればコーチで食べていきたい
→体が資本だ。ボール踏んで脚を故障したり
ボールが目に当たって故障なんて話もある。

おお、ストリンガーなら年齢がいっても
仕事ができそうだな〜。
道具の面からテニスを見るのもアリだ。

これだ、この職業だと一気に決めたのが
大学3年の後半ころ。
4年の夏休みから就職先の西武スポーツに
アルバイトでストリンガーデビュー。
まだプロ直前の見習い時期です。

プロになってからのお話に続きます。
posted by goforit at 19:53| Comment(0) | ◆気ままな日記

2017年07月02日

杉田 250アンタルヤで優勝!

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杉田トルコでの芝大会でツアー初優勝〜。

エイゴンやゲリーウエバーの500よりは低い
ATP250ですが、それでもツアー大会で優勝は
大変すばらしいことです。
それも決勝6-1、7-6のストレート勝ち。

すんごい昔にアン清村・沢松和子選手が
女子ダブルスで全英優勝はありますが
慣れない芝での男子優勝は日本人初かも。

本番全英でも活躍を祈りましょう!
posted by goforit at 19:10| Comment(0) | ◆気ままな日記

2017年06月30日

ストリンガーになった動機 その1

10代のスポーツ選手が大活躍の昨今。
将来の職業の志望をもやもやと考えるも
10代の頃でしょう。

中学から部活でテニスを始めた澁谷。
きっかけは父親が昔テニスをやっていたから。
俺もテニス部入ってみようかな〜と。

そこからどっぷりとはまり込んで、毎日
テニス漬けの日々。小学生までは夜のTV番組
記憶がありますが、中高のころはどうやら
見てなかったようで、よく覚えていません。
高校卒業するころには「将来テニス選手に
なりてぇな」などと身の程知らずな野望を
持つこととなりました。
愛読書は「エースをねらえ!」。
マーガレットコミックス版で全巻所持。
少女漫画コーナーにあったのでちょっと
はずかしい思いしながら購入していました。

大学に入ってコーチのバイトをしたくて、
先輩の紹介で硬派なスクールで仕事を
させてもらいました。異性生徒さんと外で
会ったりするのは禁止というチャラ男不可。
そこはオールジャパンやインカレの
学生選手がゴロゴロ、関東学生クラスは
底辺の扱いというとんでもない現場。

澁谷はオミソとして下働きでもぐりこませて
もらったのです。
だからちょっとがんばってプレーすると
「下手クソだけどよくできた!」と
ほめられて温かい目で見てもらえました。

そんなところなので自分が選手になることは
無理なことはすぐに判明。
そしてとてつもなくうまいバイトコーチが
プロコーチの道につかず、企業に就職する
のをみて「あっコーチ選択肢もないな」と
断念しました。自分に優位性がないぞっと。

大学卒業するころにはスクールのマシンで
自分や知人のラケットを100本ほど張って
いまして、その分野では他のコーチより
特技になりつつありました。

そうだ、この裏方ならテニス業界で仕事
できるかもしれない。就職先を相談した
エクゼクティブコーチがここならと口利き
してくれたのが、西武スポーツ吉祥寺。
当時西武百貨店の中で唯一テナント制
ではなく、各スポーツ専門の自社社員に
よって運営されていたテスト店でした。

長くなったので続きます。
posted by goforit at 21:02| Comment(0) | ◆気ままな日記